神戸大学

Last-modified: Wed, 31 Jul 2019 04:20:30 JST (22d)
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  • 兵庫県にある日本の国立大学。
  • 略称は「神大」、「神戸大」。

概要 Edit

  • 前身母体は、旧三商大(現・一橋大学神戸大学、大阪市立大学)の一つ旧制官立神戸商業大学(神戸経済大学)。
    • ではあるが、経済系志望者以外には、意外と知られていない。
    • 法学部経済学部・経営学部の前身校。
    • 同じく旧制官立高等商業学校であった一橋大学とは兄弟校とも言える。*1
  • 旧帝大ではないが、一橋大東工大とともに、「旧帝一工神」として旧帝大並みの扱われ方をされることが多い(7帝1工2商)。

特徴 Edit

  • 大学創立年・・・・・・神戸大学の古のルーツは医学部のルーツである明治2年(1869年)に設立の神戸病院、旧教育学部のルーツである明治7年(1874年)創設の兵庫県師範伝習所などに辿り着くが、これらは必ずしも新制神戸大学設立の母体でないので、この母体となった神戸経済大学のルーツである旧制神戸高等商業学校の明治35年(1902年)設立をもって神戸大学の創立の起点とすることが、1990(平成 2)年9月に全学合意で決定された。
  • 国立大学であるが、名古屋大学、横浜国立大学と同様に都市名が大学名となっている。
  • 看板学部は、旧神戸商大の後身で、日本初設置の経営学部
  • 旧制官立神戸工業高等専門学校の後身である工学部も看板学部らしい。
  • 海事科学部も、旧制官立神戸高等商船学校の流れを汲む神戸商船大学の名残りで看板学部らしい。
  • 看板の経営以外に、経済、法学など社会科学系の学問にも力を入れており、研究・就職も非常に高いレベルにある。
  • 学生の雰囲気は現役時代しっかり部活に打ち込みつつ現役合格していく要領の良い人が多い。
    • 要領良く勉強し遊ぶ、大学生らしい大学生活を営める。女子学生も多く、華やかである。
    • 現役占有率は高いが、逆に言うと、現役で神大に落ちた人は、浪人すると京大や阪大を目指す人が多い。
  • 難関大学ではあるが、近畿圏以外での知名度は意外に低い。
    • 近畿圏以外では「神大」と略しても通じないことが多いので注意。
      • よく神奈川大学、信州大学、新潟大学と間違えられる。
  • 京都大学とはクラブ活動の対抗戦の「神京戦」で交流がある。
    • 硬式野球の旧関西六大学リーグ時代は、関関同立+神京で同一リーグだった。
    • アメリカンフットボールでもライバルである。
  • 大阪大学とは仲はあまりよろしくない。
  • 東の横浜国立大学とよく比較されるが、あちらは大学としては比較的小規模である。

幻の「京都大学姫路分校」 Edit

 旧制姫路高等学校は、戦後の学制改革で、一時期「姫路大学」としての単独昇格または京都大学との合併を志向した。
 かつて、姫路に京都大学の分校を造ろうとしたことがあった。
 旧制高校は県内には姫路しかなく、神戸の神戸経済大学(神戸高商、神戸商大)と棲み分けていた(学究(アカデミック)の姫路、実学の神戸)。
 旧制高校が廃止され、新制大学に移行する際、京都大学との合併運動が起きる。
 しかし、県の単位にこだわるGHQに反対されて実現せず、神戸大学姫路分校になった。

【参考文献】

旧制高等学校は今の大学に相当する高等教育機関で
(中略)
全国に38校しかなく、まさに狭き門で、入試の厳しさは、今の受験戦争どころではなかった

関係の深かった京都大学との合併の道を模索。合併推進の市民署名を募り、石見元秀市長ほか数百名の署名を集めて文部省に嘆願した

「追憶の旧制姫路高等学校」(姫路市立図書館だより『城影』2014年2月・3月合併号)

「あんなソロバン、簿記の“前垂れ”大学なんかの風下に立てるか」旧制姫路高の教授会はもとより、在学生、同窓会など“姫高一族”は、最後まで、神経大との合併-神戸大学発足に抵抗した。

 (中略)

京都と姫路―いま考えると夢のような話だが、当事者は真剣だった。京大も教養課程が旧三高だけでは不十分なので、姫高に白羽の矢を立てた。姫高は教官にも京大出身者が多くて近親感が強く、願ってもない話。

「二十三年夏ごろでしたか、京大の鳥飼利三郎総長が来学されました。姫高教官のほとんどが賛成で、教室に集まって“京大姫路分校”の青写真づくりに熱中したものです。」

当時、姫高の心理学教授だった中村秀(神戸大学名誉教授)は三十年前を語る。

しかし、帝大所在地以外は一県一国立大学という原則の前に、京都と姫路を結ぶ“雄大”な構想も一夜の夢に消えた。

毎日新聞神戸支局編『神戸大学』(昭和和53年4月発行)

学部 Edit

  • 各学部にそれぞれ前身諸校があり、また、教養部廃止大学院重点化で各「研究科・学部」がかなり独立している。
  • 教養部廃止は本学が嚆矢である(大学設置基準の大綱化)。
  • 学部の統廃合を繰り返し、先進的である反面、歴史・伝統を蔑ろにしているとの批判もある。

教養部(廃止) Edit

  • 六甲台地区の鶴甲第1キャンパスにあった。
    • 現在でも、語学、一般教養、総合教養、教養原論等の全学共通授業科目の講義は鶴甲第1キャンパスで行われている。
  • 前身は1923年設立の旧制官立姫路高等学校
  • 戦後の学制改革で姫路高等学校も1950(昭和25)年3月にその歴史の幕を閉じ、その校舎と教職員の多くは神戸大学姫路分校に受け継がれた。
  • 昭和38年(1963年)に学内措置として教養部が設置されるまで、教養課程の教育は神戸教養課程(後に御影分校)と姫路分校とに分かれて行われた。
    • 各学部は一般教育担当(一般教育が行われていた御影分校と姫路分校勤務の教官)と学部の専門教育を担当する教官によって組織されていた。
  • 1949(昭和24)年 6月、神戸教養課程(東灘区)と姫路分校(姫路学舎)を設置。
  • 1950(昭和25)年 3月、神戸経済大学予科と姫路高等学校を廃止。
  • 1950(昭和25)年 4月、神戸教養課程を御影分校と改める。
  • 1963(昭和38)年 4月、学内措置により教養部を設置(1964〈昭和39〉年4月制度化)。
  • 1964(昭和39)年 8月、姫路分校を廃止。
  • 1964年、御影分校、姫路分校を閉校(六甲台に統合移転)。
  • 1992年、国際文化学部に改組。
  • 1994(平成 6)年 3月、教養部を廃止。

国際文化学部(廃止) Edit

  • 略称はICS。
  • 1992年に教養部を改組し設置。
  • 2017(平成29)年4月、発達科学部と統合再編し、国際人間科学部を設置。
  • 2017年度に学生募集停止。

理学部(廃止) Edit

  • 前身は旧制官立姫路高等学校
    • 理学部文科(現・文学部)については、神戸経済大学予科も前身校として位置づけられている(文理学部文科のプランは神戸経済大学予科教官らによって立てられた)。
  • 御影分校に設置されていた。
  • 一般教育担当の教官(一般教育が行われていた御影分校勤務の教官、姫路分校勤務の教官)と学部の専門教育を担当する教官によって組織されていた。
  • 1954(昭和29)年 4月、文理学部を廃止し文学部理学部を設置。

文学部 Edit

  • 1954(昭和29)年 4月、文理学部を廃止し文学部を設置。
  • 旧制官立神戸経済大学予科の系譜も引いている。
    • 理学部文科のプランは神戸経済大学予科教官らによって立てられた。
  • 御影分校にあった。

教育学部(廃止) Edit

  • 1949年に旧制官立兵庫師範学校神戸大学兵庫師範学校)と旧制官立兵庫青年師範学校を統合して設置。
    • 兵庫師範学校の赤塚山校地に置かれた。
  • 1951(昭和26)年 3月、教育学部城北分校を廃止。
  • 1957(昭和32)年 5月、教育学部明石分校を廃止。
  • 1968(昭和43)年12月、六甲台地区に移転。
    • 六甲台地区への学舎統合完了。
  • 1992年に発達科学部に改組。
  • 2000(平成12)年 3月、教育学部を廃止。
  • 2001(平成13)年 3月、大学院教育学研究科(修士課程)を廃止。

発達科学部(廃止) Edit

  • 1992年に教育学部を改組し設置。
  • 2017(平成29)年4月、国際文化学部と統合再編し、国際人間科学部を設置。
  • 2017年度に第3年次編入学を除く学生募集停止。

国際人間科学部 Edit

  • 2017(平成29)年4月、国際文化学部発達科学部を統合再編し、国際人間科学部を設置。

法学部 Edit

  • 直接的な独立した前身校はないが、旧制官立神戸経済大学時代は、経済学科、経営学科ともに法律学が必修科目であった。
  • 看板学部ではないものの、司法試験には旧司法試験時代から継続的に合格者を輩出している実力学部である。

経済学部 Edit

経営学部 Edit

  • 日本初の経営学部で本学の看板学部。
  • 元Jリーガーで、超難関の旧司法試験に受かった八十祐治氏(現・弁護士)はここ出身。

理学部 Edit

  • 前身は旧制官立姫路高等学校理科。
  • 1954(昭和29)年 4月、文理学部を廃止し理学部を設置。
  • 御影分校にあった。
  • 1949(昭和24)年 5月、理学部理科として発足(統計数学科・物理学科・化学科・生物学科)。
  • 1953(昭和28)年 8月、統計数学科が赤塚山から御影分校に移転。
  • 1954(昭和29)年 4月、文学部理学部に分離独立(数学科・物理学科・化学科・生物学科)。
  • 1966(昭和41)年 4月、附属臨海実験所設置(兵庫県淡路島岩屋)。
  • 1973(昭和48)年 4月、地球科学科設置。
  • 1993(平成 5)年 4月、地球科学科を地球惑星科学科と改称。
  • 1995(平成 7)年 3月、附属臨海実験所廃止(内海域機能教育研究センターへ改組)。
  • 2015(平成27)年 4月、地球惑星科学科を'"惑星学科''と改称。

工学部 Edit

  • 前身は旧制官立神戸高等工業学校(神戸工業専門学校)。
  • 1949年5月:新制神戸大学の発足にあたり包括され、工学部の母体となる。
  • 1951年3月:神戸工専廃止。

医学部 Edit

医学科 Edit

  • 直接の前身校は新制兵庫県立神戸医科大学
    • 戦時中の旧医専兵庫県立医学専門学校)が前身であるが、(同じく旧医専の東京医歯大医、横浜市大医と共に)旧帝大並みの難易度を誇る。

保健学科 Edit

  • 1967(昭和42)年 6月、医学部附属看護学校を設置。
  • 1969(昭和44)年 4月、医学部附属衛生検査技師学校を設置。
  • 1972(昭和47)年 4月、医学部附属臨床検査技師学校を設置。
  • 1973(昭和48)年 3月、医学部附属衛生検査技師学校を廃止。
  • 1978(昭和53)年 8月、医学部附属臨床検査技師学校・同附属看護学校を須磨区友ヶ丘(名谷地区)に移転。
  • 1981(昭和56)年10月、医学部附属の専修学校(看護学校・臨床検査技師学校)を改組して医療技術短期大学部を設置。
  • 1984(昭和59)年 3月、医学部附属看護学校を廃止。
  • 1985(昭和60)年 3月、医学部附属臨床検査技師学校を廃止。
  • 1994(平成 6)年 10月、医学部保健学科を設置。
    • 医療技術短期大学部を医学部保健学科に改組。
  • 1998(平成10)年 3月、医療技術短期大学部を廃止。

農学部 Edit

  • 前身は新制兵庫県立兵庫農科大学
    • 文部省の県立大学整理方針により早くから国立移管が模索されていた。
    • 農大に兵庫県立神戸医科大学(現・神戸大学医学部)への進学課程が設置されていたこともある。
  • 新制神戸大学の学部の中で、唯一旧制学校を前身としない学部である。
    • 海事科学部も法的には前身としない。
  • 俳優の佐々木蔵之介がここ出身。
  • 1966(昭和41)年 4月、兵庫県立兵庫農科大学を国立移管し神戸大学農学部を設置。
  • 1967(昭和42)年 6月、農学部附属農場を設置。
  • 1967(昭和42)年10月、農学部キャンパスの六甲台への移転完了。
  • 1969(昭和44)年 3月、兵庫県立兵庫農科大学を廃止。

海事科学部 Edit

  • 前身は国立神戸商船大学
    • 2003年10月1日に神戸大学と統合、神戸大学海事科学部を発足。以後も、神戸商船大学は、在籍する学生のために存続していたが、2004年3月31日国立大学が独立行政法人化し国立大学法人となるのにあわせて廃校した。在学生は同日付で神戸大学に転籍した。
  • 旧制官立神戸高等商船学校の流れを汲む。
    • 法的には正式な後身校ではなく、東京商船大学が神戸高等商船学校の後身に当たる。*2
  • 東京海洋大学海洋工学部(旧・東京商船大学)とは兄弟校である。
  • 実はかなり就職が良く、工学部と同等、またはそれ以上に良い年もある。
    • 海事科学と言いながら商船分野だけではなく航空分野でも就職が強い。高校の進路指導室から筆者が聞いた話だが、東工大や名大といった航空分野の強い大学を除いて唯一、戦闘機のエンジン制作に就職できる学科でもある。
    • 就職が強い理由としては、工学系以外にも経済学などの文系分野も学べるから就職の窓口の広さが特徴なのであろう。
  • 工学部より入試が簡単で、しかも就職が良いからと言って安易に志望してはいけない。
    • 船舶実習が夏休みにあり、一ヶ月近く船の上で過ごさなければならない。また一年生の間は鶴甲キャンパスだが二年生からは深江キャンパスという地味なキャンパスに隔離される。そのため部活動は原付きバイクに乗って鶴甲キャンパスに行く人も多い。また授業もかなり厳しく、神戸大学で一番単位が取りにくい。受験の時、少し楽して大学で頑張るなら海事科学、受験の時、苦労して大学生活はエンジョイしたいなら工学部であろう。もちろん、船舶系の勉強したいなら海事科学部をオススメする。
  • 後期入試で入って来る人は阪大落ちがかなり多い。
    • 学歴コンプレックスを持っている人も一定数いる模様。

キャンパス Edit

六甲台第1キャンパス Edit

  • 六甲山の麓にあるので通学路は激坂である。
    • 同じようなレベルで、なおかつ、街並み、立地が似ている横浜国立大学とよく比べられるが、横国よりは立地は良い。
  • 阪急六甲駅から普通に歩いて行ける距離である。
    また神戸の中心街三宮にも電車で5分、大阪にも特急に乗れば30分程で着くので、遊びに行くのも就活にも問題なし。
  • 神戸高商の神戸商大への昇格にあたり校地の移転が計画され、1935年10月に神戸市灘区高羽嘉太夫新田(現・同区六甲台町・六甲台校地)への移転が完了、新学舎竣工式が挙行された。
  • 戦災を免れた六甲台校地は、戦後1946年7月になってGHQにより一部の学舎が接収されるなどしたが、新制神戸大学への移行にあたり本部が設置、法・経・経営3学部の校地として継承され、現在に至っている。
  • 旧制神戸商大時代の建造物としては、本館(現在の神戸大学六甲台本館)・附属図書館・兼松記念館(2代目)・講堂が現存し、現役で使用されると共に国の登録有形文化財に登録されている。

六甲台第2キャンパス Edit

  • 新制神戸大学の誕生後、姫路市、明石市、西代・松野(神戸市長田区)、赤塚山・御影(神戸市東灘区)に分散されていた各学部の学舎を1960年代に統合移転させてできたキャンパス。
  • 旧来の「六甲台校地」近辺に位置していた広大な進駐軍の居住区域(六甲ハイツ*3)の跡地が充てられた。
  • 工学部棟、文理農各学部棟、先端融合研究環を含む自然科学総合研究棟がある。

楠キャンパス Edit

  • 医学部キャンパス。
  • 旧制兵庫県立医学専門学校が、兵庫県立神戸病院(後、兵庫県立医学専門学校附属医院)の南隣にあった神戸市立第二高等女学校の校舎で発足し(現在の神戸市中央区楠町6丁目)、後身の旧制兵庫県立医科大学、新制兵庫県立神戸医科大学神戸大学医学部が楠校地を引き継ぎ、現在に至っている。

名谷キャンパス Edit

  • 1978(昭和53)年8月に、医学部保健学科の前身の医学部附属臨床検査技師学校・同附属看護学校が須磨区友ヶ丘(名谷地区)に移転。

深江キャンパス Edit

  • 神戸商船大学の本部と学舎を、海事科学部(神戸大学深江キャンパス)がそのまま引き継いでいる。
  • 深江丸という実習船が置いてある。
    • 過去に海事科学部の学生がこの船を乗っ取って太平洋一周の旅に出ようとしたのは有名な話。

御影分校キャンパス(廃止) Edit

  • 武庫郡御影町(現・神戸市東灘区御影中町3丁目)。
  • 現在の阪神電車御影駅の北側にあった(市立御影工業高等学校跡地)。
  • 教養課程理学部文学部理学部があった。
    • 当時の神戸大は分校制で、入学生は学部に関係なく、御影分校か姫路分校に1年半通い、一般教養を学んだ。
  • 1899年7月、兵庫県師範学校(旧)(後の兵庫県御影師範学校)が武庫郡御影町に移転。
  • 御影師範学校と姫路師範学校が統合した兵庫県師範学校(新)が武庫郡住吉村赤塚山に移転後、旧制灘中学校仮校舎を経て、神戸商業大学予科と官立兵庫師範学校男子部予科が仮校舎として使用していた。
    • 1945年6月5日の空襲により仮校舎のほか寄宿舎(学部国維寮、大学予科思誠寮)、弓道場が全焼した。
    • 焼失後は大学予科の廃止まで学部校舎(六甲台)を使用した。
    • 男子部予科は篠山の旧陸軍兵舎に移転した。
  • 御影校舎の跡地は新制神戸大学に引き継がれ、御影分校となった。
  • 1949年6月、神戸教養課程設置。
  • 1950年4月、神戸教養課程を御影分校と改める。
  • 理学部理科の統計数学科以外の3学科もあった。
    • 昭和28年(1953年)8月、御影分校の学舎を増築し、統計数学科が赤塚山から移転、ようやく文理学部理科の4学科が同じ場所に集まることができた。
  • 1964年、御影分校が六甲台地区に統合移転し、廃校。
  • 大学が六甲台に統合された時、六甲台の市有地と交換の形で分校の土地建物は市有となり、2004年3月まで神戸市立御影工業高等学校がそのまま学舎を利用した。
  • 跡地は現在、再開発事業により複合商業施設御影クラッセとなっている。

姫路分校キャンパス(廃止) Edit

  • 旧制官立姫路高等学校も前身校の一つであるが、姫路市にキャンパスは残っていない。
  • 戦後の学制改革で旧制高等学校は廃止されることとなり、姫路高等学校も1950(昭和25)年3月にその歴史の幕を閉じ、その校舎と教職員の多くは新制神戸大学姫路分校(教養課程)に受け継がれた。
  • 1949年(昭和24年)~1964年(昭和39年)まで姫路分校(姫路学舎)。
    • 当時の神戸大は分校制で、入学生は学部に関係なく、御影分校か姫路分校に1年半通い、一般教養を学んだ。
  • 1964年(昭和39年)7月29日神戸大学姫路分校の閉校式が執り行われ、その年の9月、最後の分校生が専門課程に進むと廃校になった。
  • その後、校地は兵庫県立姫路短期大学が姫路市伊伝居から移転し継承し、兵庫県立姫路工業大学環境人間学部(新在家キャンパス)を経て、現在は兵庫県立大学環境人間学部のキャンパス(姫路環境人間キャンパス)となっている。
  • 旧制高校本館校舎の一部(現在は、姫路短大・姫路工大環境人間学部・兵庫県大環境人間学部の同窓会館「ゆりの木会館」)と講堂(1926年築)が現存し、1999(平成11)年に国の登録有形文化財に登録されている。
  • 300mの全面芝生のトラックがあった。
    • 近隣の3つの高校の陸上競技部が、放課後空いている時に三々五々集まって練習するようになっていたが、県立姫路短大への移管に伴い、管理方針が変わり出入り禁止になった。
  • NHK朝の連続ドラマ「あさが来た」で日本初の女子大学(日の出女子大学校)のロケ地に使われた。

教育学部赤塚山キャンパス(廃止) Edit

  • 1938年6月、兵庫県師範学校(新)が武庫郡住吉村赤塚山(現・神戸市東灘区住吉山手)の新校舎にて新築開校式開催。
  • 1943年4月から後身の兵庫師範学校男子部が校地を使用した。
  • 赤塚山校地は、1949年5月から後身の新制神戸大学教育学部に引き継がれ、1968年12月に現在の六甲台に移転するまで使用された(住吉学舎)。
  • 理学部理科統計数学科(後、理学部数学科)も発足当時、他の3学科と遠く離れ、教育学部の学舎の一つの校舎を借り受け同居していた。
    • 昭和28年(1953年)8月、御影分校の学舎を増築し、ようやく文理学部理科の4学科が同じ場所に集まることができた。
  • 1968(昭和43)年12月、教育学部が六甲台地区に移転。
    • 六甲台地区への学舎統合完了。
  • 跡地は1998年まで神戸市立赤塚山高等学校(現・神戸市立六甲アイランド高等学校)に使用された。
  • 旧赤塚山校地には財務省所管の国家公務員宿舎「赤塚山合同宿舎」が建てられていたが、2017年に解体撤去され、現在は住宅地になっている。
  • 住吉山手公園(元・赤塚山合同宿舎東側広場)内に「兵庫県師範学校跡地の記」と「兵庫県師範学校 兵庫師範学校 神戸大学教育学部 発祥の地」の記念碑が建てられている。
  • 寮や国際学生宿舎、附属校(神戸大学附属中等教育学校)は現在も赤塚山に立地している。

教育学部明石分校キャンパス(廃止) Edit

  • 明石市山下町。
  • 兵庫県明石女子師範学校、および後身の兵庫師範学校女子部が使用していた。
  • 明石校地は後身の新制神戸大学教育学部に引き継がれて明石分校となり、1957年の分校廃止まで使用された。
  • 1957(昭和32)年 5月、教育学部明石分校を廃止。
  • 附属校(神戸大学附属幼稚園・同附属小学校)は現在も明石に立地している。

工学部西代・松野キャンパス(廃止) Edit

  • 神戸高工開校時の校地は神戸市水笠通(西代校舎・現長田区水笠通)に所在しており、新制大学移行まで継承された。
  • 1945年3月17日未明の空襲により校舎は土木科棟など一部を除いて全焼、戦後の復興にあたって舞鶴の海軍施設への移転も検討されたが、神戸市から市立第一機械工業学校(旧市立松野実業学校。新制市立神戸工業高校機械科→現在の市立科学技術高校の前身)の校舎を提供され、1946年12月に本部を移転する(松野校舎)などして長田区内に留まった。
  • 神戸大学への包括後、2つの校地はしばらく同大学の工学部に継承されたが、ほどなくして各学部キャンパスの六甲台への統合移転が本格化、1961年工学部の移転が開始され1962年8月までに完了した。
  • なお、焼け残っていた土木科棟は工学部の移転後も雑居ビルとして使用されていたが、阪神・淡路大震災後の区画整理事業のため1999年に解体された。
  • 現在、元西代校舎跡地の一角、新長田駅北地区5号緑地に 「神戸高等工業学校発祥之地」碑が設置されている。
  • 松野校舎跡地は、前記の市立神戸工業高等学校や大和田工業高等学校(のち市立長田工業高校と改称)の校地に使用された。
  • 同校移転により、現在はマンション(新長田駅前アーバンコンフォートほか)となっている。

農学部篠山キャンパス(廃止) Edit

  • 武庫郡御影町にあった官立兵庫師範学校男子部予科の仮校舎(旧兵庫県御影師範学校校舎)が、1945年6月5日の空襲により焼失し、男子部予科は篠山の旧陸軍歩兵第七十連隊兵舎に移転した。
  • その後、1946年発足の旧制兵庫県立医科大学予科が、陸軍兵舎跡に設置され、1948年3月まで同校地を使用した。
  • 篠山校地は1949年発足の新制兵庫県立農科大学(後、兵庫県立兵庫農科大学)に引き継がれた。
  • 1966年4月の神戸大学への統合後、農学部キャンパスは1967年10月までに六甲台への移転を完了し現在に至っている。
  • 農科大学が神戸大学に統合されたのち篠山校地は廃止され、現在、農大跡地には三井ミーハナイト・メタル篠山工場が立てられ、近くの兵庫県総合庁舎側の道路脇に「兵庫農科大学発祥之地」の記念碑が立てられている。

入試 Edit

  • 駿台では難関国立大学に指定されている。
  • 京大や阪大とは違い癖の少ない標準的な良問が出題され、予備校では神大の過去問を演習に勧めることもある。
  • 現代文が極めて鬼畜
    • あの小泉徹先生に「神戸大の現代文はどうにもならない」とまで言わしめ、師がある種、匙を投げてしっている程。
    • 国語全体で80分だが、量の多さはさることながら問題文の難易度(≒抽象度)が極めて高く、さらに字数制限も非常にきつい。小泉徹先生曰く「普通に書こうと思ったらもうちょっと字数が欲しい」。
      • が、何が書いているか分かれば案外大したことは言ってなかったりする。地味に腹が立つ
      • 要するに外見が厳ついだけの場合があるという事である。無論、そこから内容を汲み取るのが難しいのだが。
    • 京大が「何を書けば良いのかわからない」なら神戸大は「何を言ってるのかわからない」だろう。
      • 人によっては神戸大の現代文こそ日本で一番難しい、と評することも。(上述の様に何が言いたいのかすらさっぱりわからず、解答範囲も絞れないため)
      • ある程度解答する箇所が分かれば、今度はキツイ字数制限というもう一つの壁が立ちはだかる。
      • 小泉徹曰く、「記述の作り方なんかはセンターとほぼ同じ」とのこと。
    • 「もうどうにもならんて!神戸大の現代文なんて。数学と英語。これで勝負を決めてください。」(小泉徹先生談)

出身者 Edit

ーー

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*1 東京高商に次ぐ官立第二高商設立の際の誘致合戦で、神戸市と大阪市が争い、帝国議会で1票差で神戸市が勝利した。
*2 終戦直前、東京・神戸・清水の高等商船学校3校が統合され、高等商船学校が発足した。東京・神戸の校地はそれぞれ分校となり、本校は清水に集約。戦後、学校教育法に施行により国立商船大学と改編されたが、旧・東京高等商船学校及び旧・神戸高等商船学校の関係者から旧来の2校復元運動が起こり1952年に至り、旧・神戸高等商船学校は旧校地に新たに神戸商船大学として復活・開学し、1957年には、静岡県清水市の国立商船大学が旧・東京高等商船学校の旧校地に移転する形で東京商船大学として復活し、東京・神戸両高等商船学校それぞれの伝統を継承することになった。
*3 1958(昭和33)年1月にGHQから接収解除され兵庫県に返還。