杉岡貴弘

Last-modified: Sat, 04 Aug 2018 00:05:20 JST (17d)

四谷学院と掛け持ち。
顔が濃い。かなりの汗かき。田中(暢)先生曰く「イケメンで髪の毛フサフサの杉岡先生」。髭を生やしたり剃ったり。
授業は分かりやすく、他の時代との対比(近現代なら前近代との対比)についても話してくれるため論述にも役に立つだろう。
やはり、論述の授業で特にその力量が大いに発揮されるが、センターだけでも師で必要十分ではないだろうか。
授業はプリントに書き込む形式。世紀毎に、政治、外交、社会経済などの項目に分けたプリント。まとめプリントは見やすい上に内容が濃く、難関私大にも対応出来る。権力者テストプリントも配ってくださる。センター日本史の授業はテキストに書き込んでいく。
古代・中世の田地制(寄進地系荘園など)の説明をとても詳しくやってくださる。
一人称は「杉岡」。天皇は「天ちゃん」。
寸劇を披露する時もある。その時の声は大きい。
男子校出身故、石原さとみと学祭準備の帰りに手を繋いで帰ることを夢見る(見ていた?)。
授業では突如生徒に質問し、答えられないとイジるという生徒攻撃型の先生である。質問の仕方は多岐に渡るので注意。小さな声で自信なさげに答えると「えw、な、何やてww?」と聞き返されるので、たとえ答えに自信がなくてもはっきり答えよう。
解説がとても丁寧でその上雑談をするので進度は遅い。また講習では延長(最大30分ぐらい)をする時もあるので注意。そのくせして終わる時には、「あーごめんなさい。(時計を見ながら)2分程度~遅れてしまいました~、はい~。」と言い放つので、こちらもただ苦笑いするのみである。
後期最後の授業では、通常2時間授業であるところを、(午後の最後の方の授業であったため)休憩を挟むことによってもう一時間追加し、テキスト内容を終わらせるという半ば強引なやり方を実践。補講はやりたくないようだが実質補講である(笑)。
文化史の重要性を説かれる。「『文化史は12月からやろう!』、あー遅い遅い。」
しかし、授業で書き込むプリントには文化史の枠はなく、あくまでもまとめプリントや余談として触れる程度である。
同じ言葉や例え、果てはネタを繰り返し言うことも多いので上位クラスには不満の声も。
その繰り返しの度合いは、「きっとこのネタを今までずっと色んな所で言い続けて来たんだろうな・・・」と考えてしまうほどである。
英語科竹岡先生に「岡」の字の使用料を請求されているらしい。塚原先生のことは上司と呼ぶ。
この2人との絡みが雑談の話題になることも多い。
その他にも色々な先生が雑談に登場する。
「すれば!」を多用する。
確認のためのフレーズ、「いけました?」も然り。
関西人を嫌っている県ランキングで静岡県がトップだったことにショックを受けている(師も浜松校に出講しているため)。
大学1年の時から学費を稼ぐために駿台で教えている。そのため年齢の割に勤続年数は長め。
学生の頃日本史の知識を活かしレポートを書いていたため、大学の成績は良く、最後の年は学費免除を受けていたという。
雑談は食べ物関連が多い。寿司を食べに遠くまで出掛けることもあるとか。料亭によく行くので、数多くの芸能人と会ってきたり、見たりしてきたらしい。著名人と謎に色々なコネや繋がりを持っているようである。
雑談は非常に面白い。ここには書けないようなことも喋る。喋りが上手い(我々学生世代のノリに近い)ので面白い。
前日に超こってりラーメンを食べて腹を下し、授業中に「ちょっとすいませ~ん」と照れながらトイレに行ったことがある。前期最後の授業だったらしく、結局そのまま授業が終わり、トイレからマイクのスイッチをオンにして"天の声"のように、最後を締めくくったとか。その時確かに顔色が優れない様子ではあった。
放蕩癖があるらしく、借金を抱えていらっしゃるようである。通帳は常に火の車。
他に姪と甥の話がよくある。姪には邪険に扱われているようだが、我々の世界ではごほうわなにをすr