大内豊久

Last-modified: Sat, 25 Nov 2017 19:24:14 JST (182d)

語尾の「ね」の多さは異常。
鼻を摘んだような声をしている。半開きの目の奥には無差別の愛が、突き出した下唇には正義の魂が込められている。魔法を使えるような仕草も見られることがある。授業中の雰囲気は志村けんに似ていなくもない。また、カントによれば認識が対象に従うのではない。対象が認識に従うのである。つまりこれらの特徴は、私達が師をその様に見ているに過ぎない。もし生徒が師を見て志村けんだと認識すれば、師は志村けんなのである。いや志村けんに間違いない。少なくとも授業中の雰囲気は。顔ではない。雰囲気がである。
とにかく視覚的、聴覚的に個性的過ぎる方なので、生徒に自分の物真似をさせることに関しては駿台随一ではないだろうか。無論、本人にはそんなつもりはないだろうが。